安心安全の最新レーシック情報ステーション

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見逃すことの出来ない最新のレーシック手術情報をお届けしています。
【安心安全の最新レーシック情報ステーション】のサイドメニューにまずはご注目ください。まだまだ正直な話し、レーシック手術というものが老若男女問わずに広く知られているというワケではありません。
しかし安全性が高くなってきた今、その他の医療行為と同じように当たり前の手術として確立すること間違いないでしょう。「レーシックって失明をしてしまう危険性があるのでは?」と不安を抱えている人もかなり多いかと思います。
絶対に失明はしない!とは言えませんが、日本国内では失明の事例は0件ですので過度な心配は必要ありません。

 

テレビや雑誌などでレーシックについて数々特集が組まれていますがやはり心配なのはその成功率ですよね?
実際のところ優良と言われているクリニックではほとんど失敗例が無く視力を取り戻している人は多くいるのです。

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http://matome.naver.jp/odai/2140660499171473101




安心安全の最新レーシック情報ステーションブログ:2018-09-24
終戦直後、
大阪から松江市に一家をあげて引っ越すことになった。

当時ボクは小学校2年生であり、
松江市はママの故郷である。

そのママが2年後、胃癌で亡くなった。
その際
「お前の取り得は明るく元気なところだから、
それを生かして前向きに生きなさい」とアドバイスしてくれた。

ボクが中学に入った頃、父親が喉の痛みを訴え、
病院で診てもらったら、かなり進行した喉頭癌で即入院。

胸に穴を開け呼吸孔にし、舌を切除、
流動食を作って、食べさせるのがボクの日課になった。

そんな生活が4年にわたって続いたが、
手術に次ぐ手術でも好転せず亡くなった。

その間、父親は筆談ながら、
いろいろな指導やアドバイスをくれ、
先述のママの言葉とともに、
ボクが生きて行く上ですごく貴重なものであった。

経済的には、高校へ進めない境遇であったが、
先生方の勧めで奨学金制度を利用し
ボクは高校を卒業した。

高校卒業後、
大阪市船場の住み込みの丁稚奉公に行き、
京都の服地店に転社。

服地のセールスに全国に出駆け、
自信らしきものが出てきた頃、
ママのいとこから「話があるからぜひ松江に来なさい」とのこと。

休日を利用して訪れたところ
「お前の嫁は、ママから頼まれていているのでぜひ会って来なさい」
びっくりしたが、見合いをして一年後に結婚した。

ボクは3人の子宝にも恵まれ、出張の多いボクにかわって、
家内は家族を切りまわしながら、子育てにいそしんでくれた。

家族の健康にも心を配ってくれ、
息子達も次々と巣立って行き、
現在は家内と2人だけの生活を楽しんでいる。

つつがない連日を送れるのも、
苦しい中でもアドバイスをくれた父母、
献身的に尽くしてくれた家内のおかげであり
家族のありがたさを痛感している。

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